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みんなでグッジョブ運動キックオフイベント

みんなでグッジョブ運動キックオフイベント~知事挨拶・抜粋~
みんなでグッジョブ運動キックオフイベント~基調講演・抜粋~
みんなでグッジョブ運動キックオフイベント~トークセッション~
「グッジョブ!(いい仕事ですね~)を合い言葉に、私たち一人ひとりがいきがいを感じられるような「働く夢」を広げていく…。そんな「県民運動」がスタートします!プロの腹話術師「いっこく堂」による基調講演、小学生社長も参加するトークセッションなどなど、きっとあなたの働く夢をモリモリ盛り上げること間違いなし!楽しみながら、働くこと、沖縄のこと、考えてみませんか?

  1. 日時:平成19年5月24日(木) 15:00~17:00
  2. 場所:沖縄県立武道館アリーナ棟
  3. 主催:沖縄県産業・雇用拡大県民運動推進本部
  4. 内容:■沖縄県知事あいさつ基調講演「いっこく堂の夢」 講演者 いっこく堂トークセッション「みんなでグッジョブ!~ウチナーンチュの宝探し」  〔パネリスト〕吉田拓郎(よしだ たくろう)久米島物産販売 社長、久保田米子(くぼた よねこ)有限会社 柴康 代表取締役、川畑剛一郎(かわばた ごういちろう)株式会社CSKコミュニケーションズ マネージャー、島よしのり(しま よしのり)株式会社 キャラOKINAWA 代表・ナレーター、〔ナビゲーター〕中村一枝(なかむら かずえ)■ハーフタイムイベント:テーマソング「素敵になろう!」 ジュン・ヤマムラ、キックオフイベント記念エイサー 創作太鼓衆 美らさ■みんなでグッジョブ運動県民宣言

イベントレポート

みんなでグッジョブ運動キックオフイベント

知事挨拶

知事挨拶

これから4年かけて、沖縄で失業をなくして、みんなが働ける職場、雇用をたくさんつくり、日本本土と同じくらいの職場の比率にして行こうということを県民運動推進本部で決定しました。
今日お集まりのみなさまのお力とお知恵を得て、何とか沖縄の失業率を下げていきましょう。
学生・生徒のみなさんが、社会に出た時に、沖縄で働きたいと思った時に、沖縄に仕事があるという状態を作っていこうということです。

沖縄は、本土に比べると仕事の数がちょっと足りないという状況が何十年も続いてきました。この何十年も続いてきたハンディキャップを、我々全員で克服しましょう。
今、沖縄は、色んな意味で勢いが出ています。
スポーツでは、宮里藍ちゃんをはじめ、高校野球、サッカーに至るまで、立派な人物が出てきております。
また、音楽や空手など、色んな分野で沖縄の時代がきておりますが、仕事という点では、もうひとつ足りません。

観光が伸びてきた、IT関係の仕事が増えてきた。いろんな分野の種類がたくさんある、仕事もどんどん拡大しているのですが、ちょっと足りません。
今日お集まりのみなさん、生徒のみなさんが社会に出たときに間に合うように、きちっとした仕事をたくさんつくろうというのが、今日の趣旨です。
自分の生活を守り、自分の家庭を守っていくためにも、仕事がどうしても必要です。
どうか、今日を機会に、今日の日を頭に強く刻んでいただいて、あと3年、4年で本土並みの仕事の量を作っていきたいと考えております。

みなさまのお知恵もどうか出してください。
どんなご提言でもいただいて、この3、4年しっかりとやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

イベントレポート

みんなでグッジョブ運動キックオフイベント

基調講演~「いっこく堂の夢」~

役者になりたい  ~中学3年生~

基調講演~「いっこく堂の夢」~

今、こうやって、腹話術師をやっているが、最初から腹話術師になりたいかといったらそうじゃない。まず初めに目指したのは、役者だった。
中学3年生の時、家で父親に、「僕は、将来役者になりたいんで、東京に出たい」と言うと、「いいよ、なりなさい」と父親は言った。
父親は、「中学3年生が言っていることだから、夢は変わるだろう、一時的なものだろう」と思ったようだ。

そこで、役者になるには、どうしたらいいかを考えた。
中学3年の時の僕は、おとなしかった。
でも、「高校に入ったら変わってやろう。」そう決心し、入学と同時に、くだらないダジャレをつかったり、先生のモノマネをしたりして、明るい自分を演じた。そうしたら、みんなから「あいつは、明るいな」「明るいね」って言われているうちに、次第に明るくなってきた。だんだん生徒たちから市民権を得て、先生たちからも認められるようになった。
自分で意識して変えていった。
友達は、「根っからあいつはバカだ、あいつは根っから明るい」って思っていたようだが、本当のところを言うと、ものすごく演技していた。でも、次第にこの演技が自然になってきた。

基調講演~「いっこく堂の夢」~

ある程度、自分の目標があると、そのためには一体どうしたらいいかを高校生なりに僕は考えた。だから、みなさんも、やりたい仕事、こういうのやりたいと思ったら、まずそれに向けてじゃあどうしようというのを、高校生の頃からやっておくことが一番いいと思う。その中で、今、自分はやることがないとか、将来何をやったらいいんだろうという悩みもあると思う。
そういう人は、全然心配いらない。僕も最初は、役者になりたかったが、最終的には今、腹話術師をやっている。

何をやっていいか分からない時期

どうしたらいいか、目の前にあることをこなす。それも真剣に。それしかない。
僕も、何をやっていいか分からない時期があった。その時、何をしたかというと、「じゃあ、1日に1度、自分で納得できる時間をもとう。」と思い、「まず、ジョギング1時間走ろう。1時間走って、本を1時間読もう。」そうすると、2時間は無駄じゃない時間を過ごせる。
だから、みなさんも、何でもいい。運動じゃなくてもいいし、何か1日にちょっとの時間を、継続できるものを持つと、後々すごく仕事に繋がっていき、続ける力がつく。

「何をやっても上手くいかない、途中で辞めちゃう、根性がない」と思っている人もいると思うが、それは気にしないでいい。本当にやりたいことに巡り逢っていないだけ。
僕も役者をやった時、本当に役者に没頭できず、「みんな一生懸命やってるな、でも僕はできないな。」と、すごくジレンマがあり、「自分は何をやってもダメなんじゃないか」と、悩んだ時期があった。
だけど、腹話術に出会ってからは、8時間練習しても全然苦じゃなくなった。やっぱり自分に合った職業というのは絶対にある。それは、現在自分に合った職業に巡り逢っていなくても、何かをやっていくと絶対にたどり着けると思う。

念願の東京  ~役者時代~

僕は、まず、俳優を目指して、モノマネをやった。今は、腹話術師だから、「モノマネやって」と言われても、恥ずかしいから自分の職業を踏まえて、腹話術でモノマネをやる。僕は、役者を目指して、横浜放送映画専門学院、今の日本映画学校というところに入った。
何でそこに入ったかというと、どこに入っていいかわからず、劇団の名前も分からずに、リクルートブックをめくり、ただあったところに入っただけ。当時は、それくらい情報も乏しかった。
今でこそ、沖縄から色んな人が東京に出て行って活躍しているが、僕らの復帰前の年代というのは、非常に劣等感、コンプレックスがあった。

そのコンプレックスの殻を破ってくれたのが、復帰後の世代。僕らの世代は、東京に出て行くというのは本当に一大決心で、「命賭けていくぞ」みたいな、そんな雰囲気もあった。
当初は、「内地の人には負けたくないな」とか思った。でも、沖縄と東京、内地の風習は、だいぶ違う。それに慣れるのにも時間がかかった。

転換期  ~28歳~

基調講演~「いっこく堂の夢」~

お芝居の勉強をして、劇団に入り、入って5.6年はすごく楽しかった。しかし、段々、壁に当たった。お芝居でも「あっ、ここ笑わせられるな」と思って稽古でやると、演出家に怒られる。「この劇団の芸風は、合わないのかな、もっと面白い芝居やるところに行こうかな」と、悩むようになった。旅公演で全国を巡演した時だった。

その時、公演の座長を務めていた、米倉さんという俳優さんが、「今日は、一芸大会をやろう。」と言ってくれ、僕がひとりで、座長の米倉さんのモノマネをすると、米倉さんが、「お前の俺のモノマネ全然似てない、似てないけど、優勝だ。」って、優勝させてくれた。 宴会が終わった後、米倉さんに、「おい玉城、ちょっとこい。」と呼ばれ、「お前は、芝居やっているより、ひとりでやっている方が活き活きしているから、ひとりでなんかやってみなさい。」と言われ、それから何かやろうと思った。

それで、ひとりで何をやろうか、しばらく考え、まずは、毎日、新聞を読み、それを時事ネタにし、面白おかしく、漫談にして米倉さんの楽屋に見せに行った。そしたら、米倉さんに、「お前の話は、全然面白くない。」と言われ続けた。
3ヶ月位経った、1991年の暮れ、28才の終わり頃、真剣に米倉さんに、「僕、来年から劇団をお休みして、ひとりで芸をやってみたいんですけどいいですか。」と言うと、米倉さんが、「悪いことやっているんじゃないから、一生懸命やってみなさい。」そう言われ、1992年に「何をやろうかな」と考え、それで思いついたのが、腹話術だった。

110番に電話  ~中学2年生~

基調講演~「いっこく堂の夢」~

中学2年の時、沖縄に住んでいた時に、ニュースで、婦人警官がやる腹話術を見て、「うわぁー、腹話術やりたいな。」と思い、「腹話術の人形、警察にありますか。」と、110番に電話したことを思い出した。その時は、人形は手に入らなかった。
腹話術をやるにしても、みんながやるような腹話術じゃいけないと思った。「みんながやることプラス何か新しいことがないと。」それで、人形を2体持って腹話術をやる人は世界的にいなかった。声も、色んな声を使い分ける人はいなかった。

不可能なこと、遅いことはない  ~腹話術師~

それで腹話術を始めた。
やはり、何かやるという時にも、自分なりのオリジナリティーや、みんなとちょっと変わったところから攻めるというのは手だ。同じ仕事をやるにしても、面接でも、ちょっと違ったところを見せる。これは、プラスアルファーになる。こういうのは、芸じゃなくていい、何かを身につけていると、自分の自信にもなる。
あと、不可能なことというのもない。僕も、「まみむめも、ばびぶべぼ、ぱぴぷぺぽ」これは、腹話術で不可能と言われており、腹話術の本にも書いてある。でも、自分なりに考えたらできた。

最後になりましたけが、「何かを始める、何かを始めたい、仕事を始める」という時に、遅いということは絶対にない。僕が腹話術をやり始めたのは、29歳。だから、今やりたいことが無くても、目の前のことをやっていれば、絶対にやりたいことがだんだん見つかってくるので、それは心配しないでいいと思う。ただ、目の前にあることを一生懸命やる、これは大事。人生で遅いことなんかない。30歳過ぎてもできると思う。40歳でも僕はできたと思っている。
だから、諦めずに、自分のやりたことが無い時は、目の前にあることを一生懸命やり、何とか仕事を見つけ、将来、自分の夢が実現できるように、見つかるように頑張ってほしい。

基調講演~「いっこく堂の夢」~

イベントレポート

みんなでグッジョブ運動キックオフイベント

トークセッション

トークセッション

パネリスト

吉田拓郎(よしだ たくろう)久米島物産販売 社長 吉田拓郎(よしだ たくろう)
久米島物産販売 社長

1996年生まれ、久米島町出身。美崎小学校5年生。わずか10歳で久米島物産販売の社長に就任。地元に自生するノ二を使った健康食品販売会社を家族と共に立ちあげ、原料買い付け、農園の手入れ、営業活動も行う。
久米島の未来を担う大きな夢を抱いた男の子。
久保田米子(くぼた よねこ)有限会社 柴康 代表取締役 久保田米子(くぼた よねこ)
有限会社 柴康 代表取締役

平成10年、当時あまり流通していなかった「ドラゴンフルーツ」に目をつけ、試行錯誤を続けながら現在18トンもの生産量を誇り、クッキー等ドラゴ ンフルーツを使った製品も生産している。楽天のネットショッピングモールに出店し、月間MVPを獲得。人気のショップとなっている。
川畑剛一郎(かわばた ごういちろう)株式会社CSKコミュニケーションズ マネージャー 川畑剛一郎(かわばた ごういちろう)
株式会社CSKコミュニケーションズ マネージャー

1979年生まれ、鹿児島県出身。(株)CSKコミュニケーションズ入社5年目で同社史上最年少のコールセンターマネージャーに昇格。現在電話サ ポート部門運用管理責任者及びコンサルティング部門のビジネスモデル構築支援者を兼任し、プライベートとビジネスの両立を実践する。
島よしのり(しま よしのり)株式会社 キャラOKINAWA 代表・ナレーター 島よしのり(しま よしのり)
株式会社 キャラOKINAWA 代表・ナレーター

声優として活躍するほか、数々のバラエティ番組ではナレーションを務めている。以前は、大阪テレビタレントビューローに勤めていた。現在、声の事務所と、声優・タレント研究所を設立し、沖縄の個性ある人材を引き連れ、島人(しまんちゅ)の言葉を声に乗せて届けている。

吉田拓郎くんへ
1日の生活と、仕事時間内容について

吉田拓郎くんへ【1日の生活と、仕事時間内容について】 5時か6時頃に起きて勉強をしています。学校が終わったら普通に遊んでいます。
仕事は、週末に配達やノ二の収穫をしています。

島よしのりさんへ
沖縄で会社を立ち上げようと思ったきっかけと、沖縄の魅力について

島よしのりさんへ【沖縄で会社を立ち上げようと思ったきっかけと、沖縄の魅力について】 22歳の時にナレーターを目指し、今年で30年です。沖縄が好きで、何か自分にできることはないかと思った時に、沖縄で声の勉強ができ、プロとして活躍できる環境を作りたいと思って、声優や司会業、ナレーターの事務所と、養成所を立ち上げました。大阪と沖縄は似ていることがたくさんあります。
大阪は、人柄も明るく、独自のルールみたいなものがあり、権威を非常に嫌う部分もあります。
沖縄も、非常に明るく、沖縄の文化の深さを感じますし、独自の文化をもっているところに魅力を感じます。
今度は、声の文化を発信していければと考えています。

川畑剛一郎さんへ
仕事を選ぶこと、普段の仕事に対する気持ち
日本は出世欲が一番低いというアンケート結果についてどう思うか

川畑剛一郎さんへ【仕事を選ぶこと、普段の仕事に対する気持ち、日本は出世欲が一番低いというアンケート結果についてどう思うか】 仕事を選ぶことに関しては、いかに自分のやり方、実力次第でどこまで上に昇れるかどうかを重視しています。
仕事を進めていく上で重視していることは、人ができることのプラスアルファーで結果を出して、結果が同じであれば、人よりも早いスピードで同じ結果を出すということを重視しています。
それは、自分の評価につながりますし、ビジネスマンとしてやっていくには、他と同じでは面白くないので、人に話した時に、「すごいね。」と言われるような仕事をしたいですし、また、そんな立場でいたいです。どうせ1日8時間、何年にも渡って会社に拘束されるのであれば、もらえるお金は高い方がいいですし、会社は、お金を稼ぎに行くところなので、そこで上を目指すということは、ごくごく自然なことだと思います。
出世欲が低い人はいますが、私個人に関して言えば、正直あまり理解できません。

久保田米子さんへ
ドラゴンフルーツを使った製品で事業を始めた経緯は

久保田米子さんへ【ドラゴンフルーツを使った製品で事業を始めた経緯は】 建築業で公共工事の減少と共に仕事がなくなり、従業員をリストラしたくないという気持ちからフルーツを作りましたが、植えて3年位で生産過剰になり、ドラゴンフルーツの金額が暴落したため、お菓子を作りました。
ドラゴンフルーツの苗は、いくらでも分岐し、間引きして捨てても、そこからまた生えてくるので、石油をかけて燃やそうかと思うほど、厄介なものだと思い ました。そんな時、追い撃ちをかけるように、ドラゴンフルーツの苗を分けた友人に、「久保田さん、あなたがくれたドラゴンフルーツの苗、切っても死なない よ。それこそ、沖縄中が、ドラゴンフルーツ、サボテンだらけになるんじゃない、もしかしたら、責任取らされるかもよ。」と脅され、困りに困りました。そこで、ミキサーにかけて捨てるしかないと思い、ミキサーにかけたのが、新発見でした。ミキサーにかけ、レモンと砂糖を入れたら、青汁のようでした。青汁 では太刀打ちできないと思っていたところ、兄が、それで沖縄そばを打ってくれました。私は、さーたーあんだぎーや、ちんすこうなどのお菓子を作りました。 生産過剰になると、おくらのように野菜感覚で食べることもできます。

■吉田拓郎くんへ
どうして、ノ二を使って会社を創ろうと思ったのか

トークセッション「みんなでグッジョブ!~ウチナーンチュの宝探し」

ノ二が自生している島のノ二を、県外に売っていたことを知り、それを地元から発信させようと思いました。そのことをまず、親に話したら、「応援する」と言ってくれました。

吉田拓郎くんへ
会社を創るにあたり、どのように社長を決めたか

社長候補にお兄ちゃんがいましたが、お兄ちゃんが譲ってくれました。
お兄ちゃんは、今は、農園の管理部長です。

吉田拓郎くんへ
社長として、普段気を遣っていることや、
気をつけていることは

普段気をつけていることは、できるだけ営業の相手に失礼がないようにとか、一人で営業に行かないようにしています。

■川畑剛一郎さんへ
ミスマッチや、県内の公務員思考が強い傾向をどう思うか

公務員に対する憧れは、すごく感じます。特に、我々の親の世代になると公務員を勧める傾向は絶対にあると思いますが、一般企業ならではの良さはあります。私が公務員ではなく、一般企業を選んだ理由もそこにあります。結果・能力次第、年齢、経験等関係なくいくらでも上に上がれる。給料も上がります。
世の中を見渡した時に、若くして大金を得ている社長さんをテレビなどでよく見かけますが、公務員に対しては、そういうイメージは、なかなか描けませんでした。一般企業でも力試しはできるし、いいもんだということを是非伝えたいです。

川畑剛一郎さんへ
県内は、県外で働く人がまだまだ少ないのではないかと思うが、県外で仕事をするとういうことに抵抗があったか

トークセッション「みんなでグッジョブ!~ウチナーンチュの宝探し」

結局、どこでやっても仕事は仕事ですし、今となっては、沖縄も県外もさほど遠いとは思いません。
仕事を探すにあたって、やりたいことは色々あると思いますが、県内という枠を取っ払ってしまえば、いくらでも可能性が広がるので、県外にも目を向けていいと思います。地元に愛情があって、友達がいてということで、できれば地元で働きたいという気持ちは重々理解できますが、そこを優先するが故にチャンスを逃したり、仕事を逃すのは、ナンセンスだと思います。

■島よしのりさんへ
島さんも、大阪や沖縄を行ったり来たりの生活をされているが、県外で仕事をするとういうことに抵抗があったか

若い人たちが、仕事を選ぶ場合に3つあると思います。
1つ目は、自分の好きな仕事をしたいという人、ハイリスクハイリターンを選ぶ人。
2つ目は、公務員や会社員、どちらかというと安定志向の道を選ぶ人。
3つ目は、自分で商売をやりたいという人。
会社務めが安定しているかといえば、そうではない、何をするにも苦労はつきものだと思います。だから、成功している人たちの姿を見て憧れますが、その苦労しているプロセスをじっくり見ないといけません。声優でも、憧れだけで東京に行く人がいますが、99.9%帰ります。自分の好きな道を目指すのは難しいですが、その情熱等をずっと保ち続ける力が、ある意味才能だと思います。

■吉田拓郎くんへ
社長の夢は

今の会社をもっと大きくして、ノ二だけじゃなく、他の健康食品も作る会社にしたいです。

吉田拓郎くんへ
例えば、そういうことも役員である家族のみなさんと会議を開いたりするのか

少なくとも、月に1回は、家族会議があります。

■久保田米子さんへ
経営をする立場として、普段気をつけていることは

トークセッション「みんなでグッジョブ!~ウチナーンチュの宝探し」

色々と、果物が次々教えてくれます。
製造を担当していた息子が腰を痛め、作業ができなくなりました。私は、パソコンの勉強をするように勧めました。研修から帰ってきた息子に、「お母さん、ドラゴンフルーツだけではダメ。少ないよ。沖縄のフルーツを全部扱う。」と、大口を叩くので、「やれるものなら、やってみな。」と言いました。それから、通販、インターネットを始めて4年目になりますが、お客さんのほとんどがリピーターです。いい世の中になりました。こんな、田舎の糸満から全国に商品を送ることができています。
どうかみなさまも、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

■川畑剛一郎さんへ
今後の目標は

近いところで言えば、今の会社で、とことん上に行きたいです。
夢は、「バリバリバリュー」というテレビ番組に出たいです。いつかは起業して、長者番付に載るような大金持ちになるのが、本当に夢です。
明確に目標が持てているというのは、毎日、目標に近づくために、今日はどう過ごさなきゃいけないのかということで明確になるので、ステイタスアップでなくても、生活の中に目標を持つというのは、非常に大事なことだと思います。

■島よしのりさんへ
会社として、他のナレーターを育てていこうと思ったきっかけ

トークセッション「みんなでグッジョブ!~ウチナーンチュの宝探し」

僕も若い頃はギラギラしていましたが、40歳を過ぎて、考え方が変わりました。自分が、声優として、ナレーターとしてできることなんて知れています。自分が偉くなったり、有名になったり、儲けることは、ちっぽけなことで、40歳頃から、若いメンバーを育てたいという気持ちが芽生えてきました。
50歳になった時に自分の好きな場所で、そういう環境をつくりたいという思いが芽生えてきました。年代と共に考え方は変わってくると思いますが、若い時に斜に構えたり、しらけたりするのではなく、いつまでたっても自分探しですが、自分にしかできないことはあるので、それを発見するために色んなチャンスはあると思います。

みんなへ働くことの楽しさ、働いている時に喜びを感じる瞬間は

■吉田:注文が来た時は嬉しいです。

■久保田:ドラゴンフルーツに花がついた時です。

■川畑:上司から誉められるというのは、嬉しいです。次もいい仕事をしようと思います。仕事が終わった後で言えば、仕事をしたことで得たお金で贅沢する瞬間は、頑張ってよかったと思います。
ポリシーですが、仕事は、お休みの日を充実させるために、生活を充実させるためにお金を稼ぎに行くところという考え方で私は仕事をしているので、週末に限らず、定時を超えてしまえば、ほぼ頭の中から仕事のことはすっ飛んでいます。

■島:僕は、川畑さんとは、全く逆で、何が仕事で、何が趣味で、何が楽しくてというのが本当に境目がなく、仕事をやっているのが非常に楽しい。休日でも仕事のことを考えているのが楽しいです。そういう感じで30年やってきました。
特に、声という分野が好きで、声の持っている柔らかさや、温かさという部分で作品に花を添えていくという仕事に就けたことが楽しいです。

「みんなでグッジョブ運動」県民宣言

美しい空や海、優しさあふれる文化など、たくさんの宝を持つ沖縄は、全国から「宝の島」として注目されています。
中でも一番大切な宝、それはウチナーンチュそのものです。
そのウチナーンチュが持っている、素晴らしい能力や可能性を磨き上げるためには、生きがいが感じられる「働く場」が、もっともっと必要です。
私たち一人一人が、広く県外へも目を向け、強い自立の気概を持つとともに、それぞれの役割を理解しあいながら、みんなで働くことの喜びを分かち合い、大きく世界に羽ばたいていく……。
その先に待つのは、将来の沖縄の子どもたちが、生き生きとした夢と誇りを持つことができる、豊かで自立した沖縄なのではないでしょうか。
そんな熱い気持ちを込めて、「みんなでグッジョブ!」を合い言葉に、私 たちは、力をこめて宣言します。

dec_tit02.gif私たちは、自立心と「働く」ことに対する高い意欲を持ち、広く県外や世界にも目を向け、積極的にチャレンジします。

dec_tit03.gif私たちは、お互いの立場に立って理解を深め、誰もが公正に扱われ、安心して働ける職場づくりに努めます。

dec_tit04.gif私たちは、子どもたちが将来に夢と希望を持って、自立した社会人になることを学べる機会を増やします。

dec_tit05.gif私たちは、郷土の産業を大きく成長させ、安定した働く場を作るため、みんなの知恵を結集して果敢に取り組みます。

dec_tit06.gif私たちは力を合わせて、「みんなが生きがいを持って働く自立した豊かな社会」を実現します。